10月8日の「足袋の日」ってどんな日?由来と、丸五と足袋の長い歴史についても深堀り!
10月8日は「足袋の日」。

足袋と聞くと、着物や和装を思い浮かべる方が多いかもしれません。
けれど、丸五にとって足袋は、単なる伝統的な履物ではありません。
1919年の創立以来、100年以上にわたって向き合い続けてきた、ものづくりの原点です。
そして今、丸五はその足袋の形や考え方を受け継ぎながら、現代の暮らしに合わせた「足袋型シューズ」をつくっています。
今回は「足袋の日」にちなみ、丸五と足袋の100年以上にわたる歩みをご紹介します。
そもそも「足袋の日」って?
「足袋の日」は1988年に日本足袋工業会によって制定された記念日です。
七五三やお正月、成人の日など、これから和装で足袋を履く機会が増える時期を前に、足袋に親しんでもらうことを目的として制定されました。
「八」という数字が末広がりで縁起がよいことも、10月8日が選ばれた理由のひとつです。
そんな「足袋の日」に、私たち丸五が改めてお伝えしたいのが、
足袋と丸五の長い関わりです。
「もっといい履物を」から始まった地下足袋
丸五の歴史は、足袋づくりから始まりました。
1917年ごろ、現在の岡山県倉敷市にあたる地域で、藤木家では綿織物を使った座敷足袋をつくっていました。

当時、屋外では草鞋が多く使われていました。
しかし、草鞋では作業がしにくい。
一方で、足袋は丈夫さの面で屋外作業には向いていませんでした。
「草鞋や足袋より、もっといい履物はつくれないだろうか。」
そして後の丸五の創業者・藤木伊太郎が、足袋の底にゴムを組み合わせるというアイデアを思いつきます。
当時、人力車に使われていたゴムタイヤに着目し、足袋の底にゴムを張り付ける。
こうして「縫い付け式地下足袋」が誕生しました。
足袋とゴム。
当時はまったく別のものだった二つを組み合わせることで、新しい履物を生み出したのです。
この地下足袋の発明をきっかけに事業が広がり、1919年、丸五足袋株式会社が設立されました。
ここから、現在の丸五へと続く歴史が始まります。
地下足袋から、さらに新しい可能性へ
丸五の地下足袋は、長年にわたり、農業や建設業、祭りなど、さまざまな現場で使われてきました。
一方で、2000年代には海外から
「ファッションとして地下足袋を楽しみたい」
という声が届くように。
その声をきっかけに、丸五初のファッション足袋「ASSABOOTS」が誕生しました。
そして2014年。
「地下足袋を、もっと普段から履いてもらいたい。」
そんな想いから、地下足袋の形を見直し、足首部分の留め具「馳(はせ)」をなくしたスリッポンタイプを開発。
国産の帆布を組み合わせ、普段の暮らしに取り入れやすい足袋として生まれたのが「たびりら」です。

伝統をそのまま残すのではなく、その良さを受け継ぎながら新しい形へ。
足袋の可能性は、さらに広がっていく
「たびりら」の誕生をきっかけに、丸五の足袋型シューズはさらに広がっていきました。
2016年には、足袋型トレーニングシューズ「hitoe」を発売。
※写真はリニューアル後の「hitoe+」です
その後も、足袋の形を生かしたさまざまなシューズを開発してきました。

↑左から「tabiRela MARY」「Coppelia Lily」「tabiRela」「SPORTS JOG AIR」「EMMA」↑

↑左から「たびりらレザー」「ITARO Hi」「EMMA」「ITARO Lo」↑
足袋だからこそ生まれる足元の感覚。
足指が分かれた独特の形。
そして、100年以上にわたって培ってきた靴づくりの技術。
それらを組み合わせながら、現代のライフスタイルに合う履物を考え続けています。
10月8日は、足元について考える日に。
足袋という日本の伝統的な履物には、長い歴史があります。
そして、その形や考え方は、今も新しい履物へと受け継がれています。
10月8日の「足袋の日」。
ぜひこの機会に、足袋ならではの履き心地や足指を使う感覚に触れてみてください。
100年以上にわたり地下足袋をつくり続けてきた丸五の技術と想いは、今も新しい足袋型シューズへと受け継がれています。
これからも、足袋の新しい可能性を探しながら、次の時代へつないでいきます。